私は天使なんかじゃない
自己紹介
自己紹介。
初対面における人間関係を円滑にする為の最初のイベント。
解凍作業完了。
宇宙飛行士は解凍中(もしくは冷凍された時点)に死亡、しかしその他の3名は円形のユニットから解放された。
侍、カウボーイ、兵士。
敵がエイリアンである以上、解放された人間が敵への寝返りはありえない。そもそもエイリアンの言語不明だから交渉のしようもない。解放した人間は
自動的に味方と考えるべきだろう。少なくとも協力関係は築けると思う。
仲間が増えた。
わずか3名ではあるけど仲間が増えた。
さらにソマーがどこからか連れてきた4名の人間もここに合流。
ソマーが連れてきたのは赤いローブを着た女性、黒いセキュリティアーマーの女性、暗黒時代のマフィアのようなトレンチコートと帽子を身につけた男、
アジア系の初老男性。どっから連れてきたかは知らないけど人数が増えるのはいい事だ。
合計10名の人間が集結。
一応は小隊の形は取れた。エイリアンは肉体的には脆弱だから武器さえ揃えば何とかなるかもしれない。そして武器の心当たりはある。
貨物室だ。
完全武装の小部隊の結成が当面の最大目的だ。
そして……。
冷凍保存されていた3人を解放。
敵はとりあえずこの場には姿を見せていない。当面は大丈夫だ。……多分ね。
今この状況でやるべきなのはただ1つ。
「自己紹介しよう」
『はっ?』
エンジンコアの一階。
おそらくエイリアン達の憩いの空間なのだろう、椅子や机が置かれている。無数に窓があって宇宙空間が見れるし絶景ポイント。
そこに私達は集まっている。
今後の方針を考えるという名目で知識を絞り出しているんだけど、まずは自己紹介だ。
「いいじゃん、しようよ、自己紹介」
サリーは乗り気。
その他大勢は乗り気ではないらしい。
まあ、気持ちは分かる。
エイリアンに誘拐されて宇宙空間にあるエイリアンの母船に拉致されている状況なわけだから楽観的にはなれないだろう。
だけど私は自己紹介は大切だと思う。コミュを形成するのは円滑に人間関係を進めていく上で必要不可欠だし、人間関係を築けばこの状況を
打破出来るかもしれない。少なくとも自己紹介をしなければ人間関係は築けない。
人間関係がなければ失敗の確率は高くなる。
古今東西、人間関係が皆無な組織は成り立たない。
自己紹介しようっ!
「まずは私からね。私はミスティ、ボルト101からの脱走者。目的はパパと添い遂げる……じゃなかった、失踪したパパを探す事よ」
ガンっ!
自己紹介を阻むように白いコンバットアーマーの男は床を蹴った。
ストレス過多みたい。
私は微笑。
「大丈夫。傷付けたりはしないわ。私達は友人よ」
「何だって?」
「私達は友人」
「君達とは初対面だと思うが……私が最後に会ったのは……ああ、何てこったっ!」
「ん?」
「エイリアンだっ! エイリアンに誘拐されたんだっ! 貴様ら、私の心に入り込むつもりかっ! そうはいくかっ!」
記憶が蘇って行く過程のようだ。
なるほど。
冷凍されていたわけだから脳も凍ってたわけだ。記憶が混濁しているのだろう。
彼が冷静になるのを待つ。
そして……。
「エリオット・ターコリエン。米国陸軍衛生兵。登録番号は3477809。私はそれしか言わんぞっ!」
「よろしく」
エリオットの言動と態度は軍人が捕虜になった場合の対処法だ。
これが軍人風?
だけど私は尋問とかの流儀は知らない。普通の対応をするだけだ。
「私がエイリアンに見える?」
「ハハっ! 外見なんぞ、何の意味もないっ!」
「まあ、そうね」
「人間に変身したエイリアンという事もありうる。あるいは、エイリアンに精神を乗っ取られた人間かもしれん」
「それもあるかもね」
「エイリアンの力は計り知れないからなっ!」
SF好きなのかな?
そうかもしれない。
想像力が豊かなのだろう。だけど私がエイリアンだと疑われるのは心外だ。
……。
……まあ、弾丸見えたり時間がスローになったりするから人類規格外かも知れないけど、少なくとも地球外ではないです。
うーん。
あんまり自慢出来ないかも。
「私達がエイリアンならどうして貴方を解放するわけ? 仲良く自己紹介する意味合いは何? 私らは同じ境遇、仲間よ。そうでしょ?」
「そ、それもそうか」
「でしょ?」
「と、とにかく、私は地球に帰りたいだけだ。部隊の仲間の元に戻りたい。そうだ仲間だっ! 私の部隊の仲間はっ! 彼らを見てないのか?」
「部隊の仲間?」
「ああっ!」
おそらくエリオットと同じ格好をしているのだろう。兵士スタイルの面々。
見てないなぁ。
まだ船内は詳しく見ていけど、少なくとも兵士の格好をした連中には会ってない。会えば分かるはずだ。
「見てない。ソマーは?」
「とりあえず目に付いたのはここにいる者達だけ。他には誰もいなかった」
ここまではほぼ一本道。
つまりエリオットの仲間はさらに奥にいるのか、それとも処分されたのか。
そのどっちかだ。
エリオットは落胆して呟く。
「……なんてこった。私の部隊が、彼らは失踪したか、死んでしまったのか……」
「元気出して」
「頼む。君の言うとおり、みんな同じ捕虜だと言うなら、手を貸して欲しい。彼らの安否を確かめないと」
「心配ないわ。一緒に頑張りましょう」
「ありがとう、本当にありがとう。迷惑掛けてすまない。……しかし、これが現実だ何て信じられんよ」
「私も信じられないわ」
パパはボルトから逃げ出すし監督官に私も追い出されるし宇宙人に誘拐されて全裸にされて実験されるし。本当、信じられない。
というか宇宙人に悪戯されてないわよね?
セクハラ地獄かここは。
うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああお嫁に行けない体にされてないよねーっ!
宇宙人にエロエロされて連中の子供生む気はないですっ!
それは完全に悪夢っ!
ちくしょう。
「エリオットどこから来たの?」
「私はアラスカ州アンカレッジに駐屯していた。第108歩兵大隊所属の衛生兵だ。私の分隊には5人の衛生兵がいて中国兵に撃たれた仲間の
傷を片っ端から治療していた。まさに血の海だった。病院を辞めて軍に入った時には想像すらしなかった、血みどろの世界さ」
「そっか」
「私がエイリアンに誘拐されたのは夕方近かったな。その日は朝から塹壕にいて兵士の傷の手当てに追われていたんだ。中国軍の山から
の砲撃がひっきりなしに続いていた。まさに修羅場だったよ。とにかく、私達はテントを張り、装備を片付けて、少し仮眠を取ろうとした」
「その時に?」
「ああ。その時に誘拐された。突然、ドーキンスの悲鳴で眼が覚めた。見ると空から降り注ぐ蒼い光が彼を包んでいた。私達は呆然と彼が
消えるのを見ていた。状況が把握出来なかった。もしかしたら中国軍が開発した新兵器なのかもしれない、ってね」
「そっか」
分かる気がする。
いきなり未知の状況に追い込まれれば状況は判断出来ないのは仕方ない。
仮に状況が判断出来たしても打破出来るかは疑問だけど。
世の中どうしようもない事もある。
「数秒後全員が蒼い光に包まれて、あとはご存知の通りさ」
「オヌシタチハナニモノ? ココハドコダ? セッシャノカタナ、セッシャノカタナハドコダっ!」
「はっ?」
一同、私と同じ顔になる。
異質なオーラを周囲に発して存在感を主張している甲冑野郎が突然叫びだした。意味不明の言語を発しながらね。
多分こいつは侍だろう。
侍の言っている言語が理解出来ない。
日本語?
日本語なの?
まるで何を喋っているのか理解出来ない。
「セッシャノカタナハドコダ? イマスグカエサヌカっ!」
「うーん、まったく分からない」
「ナニヲイッテオルノダ? サッパリワカラン。ナントカシテクレ」
「英語は……無理そうねー」
「カタナヲウバワレテシマッタ。タエガタキクツジョクっ! カタナヲスグトリモドサヌバナラヌっ!」
「……」
駄目だ。
さっぱり分からん。私の装着しているPIPBOY3000には翻訳機能はない。バージョンが古いからだ。
侍の言語は分からないまま。
何を怒ってるのかすら分からないのは困るわね。
言語の不一致はコミュを築くのに弊害となる。何とか努力して分かるようにしないと。時間掛かるだろ受けどさ。
そんな中、カウボーイは苛立ちを隠さずに吐き捨てた。
「おい、お前ら自己紹介なんぞやってる場合か? 奴らはどこだ、あのちっちゃい奴らは?」
「あれはエイリアンって言うのよ」
私は補足する。
カウボーイは英語を使用するけどかなり鈍りがあって聞き取りづらい。
一瞬理解出来ない。完全に脳内で理解するのに数秒掛かる。
それにしてもこのカウボーイ、チョイ悪っぽい。
ただ荒っぽいだけ?
「エイリアン、宇宙人、馬のクソの塊でも名称は何だっていい。奴らを倒すんだろ? だから俺を起こした。そうなんだろ?」
「ええ。冷凍でいるよりは解凍した方がマシだと思ってね」
「ふん。生意気な女だ。気に入ったぜ」
「そりゃどうも」
「気に入らないのはあのチビどもだ。ただしこれだけは言っておく。俺は本当は1人が好きなんだ。でもあんたには協力するよ。あの妙な場所
から出してくれたしな。俺の家族はエイリアンに殺されたんだ。だから協力する。ただし俺に変な真似をしたら埋めてやるけどな」
「気をつける」
「俺はポールソンだ。よろしく頼むぜ、保安官」
「よろしく」
保安官。
なかなか照れくさい通称だ。でも悪い気はしない。ちょっと格好良い。ポールソンも結構ダンディで格好良いし。
私ってば究極なファザコン?
そうかも。
父性を感じられる男性が好きなのかも知れない。
「ソマーはどうしてここに?」
「大した事じゃないわ。ウェイストランドにいる時に妙な無線通信を受信した、それを確かめようとした、それだけよ」
「ふぅん」
「それにしてもあの鎧の奴は何? 言ってる事がまるでチンプンカンプン。あいつエイリアンなの?」
「多分日本人だと思うけど……」
ふと気付く。
ソマーは自身に対する質問を避けた?
どんな過去があるんだろ。
「な、なあ」
「どうしたの、エリオット?」
「聞きたい事があるんだが……」
「うん。何?」
「君達は未来の人間……いや、正確には私よりも未来の人間なんだろ?」
「まあ、そうだけど」
「アンカレッジの戦争はどうなったんだ? どっちが勝ったんだ?」
「アンカレッジの戦争はアメリカが勝利した、とボルト101で習った。2人の勇敢な陸軍兵士が中国軍の全ての砲門を爆破、さらにその2人は
精鋭部隊を率いて次々と中国側の拠点を制圧、最終的にジンウェイ将軍を倒してアメリカ側の勝利で終わった、と習った」
「そうかアメリカが勝ったのかっ! アメリカ万歳っ! はははっ!」
「……」
その後の展開は黙ってる事にしよう。
今はショックが大き過ぎるだろうし。
ソマーが口を開く。
「勝ったとか負けたとか関係ないのよ、ターコリエン」
「どういう事だ?」
「核で吹っ飛んだの、世界はね」
「な、何っ!」
言うわけ?
言っちゃうわけ?
ストレートに全てを告げるのはそれはそれで利点はあると思うけど相手の性格を見極めないと極めて危険だと思う。潰れる人はストレート
過ぎて潰れちゃうと思うし。エリオットが耐えるのか潰れるのか、まだ分からないのにソマーは軽率過ぎ。
だけど一度口にした以上は最後まで言わせないといけない。
中途半端だと逆に辛いだろうし。
私は黙ってやり取りを傍観。
「か、核を使ったのか? どっちが最初に撃ったっ!」
「さあ。そこは知らないわ」
「使うか普通っ! ……何てこった。人類はそこまで愚かだったのか。そ、それでどっちが勝ったんだ?」
「だから勝ったとか負けたとか関係ないのよ。今の地球の状態を知らないあなたには分からないだろうけど世界には何も残ってないのよ」
「……そ、そんな世界なら、帰る意味は……ないな」
辛い真実だと思う。
誘拐されている間に全ては吹き飛び、瓦礫となり、風化し、今の世界には荒野と残骸しか残されていない。
だけど。
だけどあの時代にあのままいたらエリオットはおそらく生きていない。年代的な問題ではなく、おそらく核で吹っ飛んでいただろう。
もちろんこのような状況によって生き延びれた事が幸運かどうかは分からないけど。
その答えを出すのは私ではない。
エリオット自身だ。
さて。
「自己紹介の続きをしましょう」
私は取り成すように言う。
黒いコンバットアーマーの女性は口を開こうとすると……。
「まあ、それは置いておこうって。キリないしね」
ボルト101のセキュリティのような格好をした女性が自己紹介をしようとするとソマーがそれを制した。
自己紹介終わり?
ソマーは次々と他の仲間達を指差して紹介していく。
その他大勢扱いらしい。
「黒いセキュリティアーマーの女はリベットシティの兵士、白衣の男が民間医、赤い服の女がBOSの技術者、そっちのマフィアはカポネの手下」
「よろしく」
私は軽く頭を下げた。
それぞれの分野に精通している面々ではあると思う。
兵士とマフィアは戦闘に適しているし、民間医は当然医者としての能力があるし、技術者の専門知識も私達の助けになるだろう。
BOSの意味が分からんけど。
ともかく。
ともかくエンジンコアに私達は集結した。人類同盟軍結成だ。
数は私を含めて10人。
おそらくはこの船にいるエイリアンの数は100を越える。もしかしたら200かそれ以上かもしれない。いずれにしても私達はわずか10名の人類同盟軍、対する
敵勢は200を越えるであろう残酷で冷酷な悪逆非道のエイリアン軍。
勝てる?
勝てないわね。うん。
だけど別に勝つ必要はない。すぐにはね。
当初の目的は既に達成出来ている。それはエンジンコアの制圧。
……。
……まあ、戦闘らしい戦闘はまったくないけど現在ここには人類しかいない。つまり一応は完全制圧の形を取っている。私達が押さえてる。
当面はこれでいい。
エンジンコアは冷却ラボ、ハンガー、ロボット工場、貨物室、メンテナンスルームに繋がっている。他の場所に行くには必ずここを経由する必要性がある。
少なくとも物理的に移動するにはね。
エイリアン技術の中には瞬時に移動出来るワープ装置のようなものがあるらしいけど、扉や通路がある時点でワープ装置だけに頼っているわけではない
ようだ。多分ワープ装置だけに頼れない何かの理由があるのだろう。それが何かは分からないけど。
まあいい。
いずれにしても私達は必ず経由するこの場所を押さえてる。
それはつまり相手側を分断しているという事。
もちろんそれぞれのエリアから敵軍大殺到という展開も考えられるけどさ。
私達のすべき事、それはまずは守りを固める。その次は貨物室にある武器や弾丸、食料などの物資を入手。持久戦の構えを構築する。
これが最善の作戦だ。というかこれしかないだろう。
私はそれを告げた。
「今の作戦、どう?」
『……』
一同、沈黙。
何故に?
「ど、どうしたの?」
「あ、あのさ」
ソマーがおずおずと口を開いた。
何か私まずったかな?
「どうしたの、ソマー」
「あんた頭良いのね」
「はっ?」
「何というかそこまで頭が良いとは思ってなくてさ。名軍師だね、見直したよ」
「そりゃどうも」
見直されたらしい。
全員沈黙してたから多分今まで全員に私は見下げられていたのだろう。……私はこの中で底辺の存在として認識されていたのか。
ちくしょーっ!
仕方ないと言えばそうかもしれないけどさ。何しろ私は全然活躍出来てないし。
頼りがいがある人物には見えないだろうし。
今に見てろよ、必ず活躍してやるーっ!
「ミスティ」
「何よ、ソマー?」
「名軍師として次の作戦立ててよ」
「そうね、次は……」
作戦会議スタート。